私が「在宅医」を志した理由から。
当時、私は外科医として病院に勤務していました。医師になって 5 年目のことでした。
患者さんの A さんは、肝臓がんで、手術と抗がん剤による治療を受けていました。
「おれはいつも困ったときの孫のお世話係」と笑う A さんでしたが、
「絶対に治るんだ」という A さんの強い意思がそこにはありました。
A さんが、この日まで、どんな治療にも耐え忍んで、ただただ前を向いて頑張ってきたこと。
本当に苦渋という言葉が貧しく聞こえるくらい、様々な決断や忍耐を乗り越えられてきたこと。
血と汗と涙の滲む頑張りに、応えられなかったこと。
申し訳なさと無力感でいっぱいになりながら、これ以上の治療が難しいことを伝えると、
A さんは「そうか。わかった。今まで世話になったね」と言って、「最後は苦しいのだけは嫌だな、ここまでたくさんきつい思いもしたから、最後は楽に過ごしたいよね」「家もいいけど、やっぱり病院だよなあ」
その後、A さん、ご家族、皆さんで話し合われた結果、緩和ケア病棟のある病院に転院することになりました。
最後まで A さんに関わることができなかったことが何より申し訳なく、家で過ごすという選択肢を作ることができなかったその時に、どんな状態であっても患者さんが住み慣れたご自宅で過ごすことができる、安心感と信頼感を持ってもらえる在宅医を目指す決心をしました。
一人一人の患者さんそれぞれに人生があり、ストーリーがあります。
一人一人の患者さんそれぞれに想いや人生観や価値観があります。
それを尊重できる医師になろう。
A さんとの出会いが、私の在宅医としての人生の始まりです。